日本社会文学会

Association for Japanese Social Literature

機関誌『社会文学』総目次  (第31号~)
  
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*   第四一号 特集〈グローバルアジアと社会文学〉   (15年3月刊/編集委員長:李修京)
 
[巻頭言]
グローバルアジアと社会文学李  修京
[インタビュー]
文学にとっての歴史金石範 聞き手:李修京、佐川亜紀
[特集論文]
「国共内戦」と日本、その時の邱永漢―「長すぎた戦争」を中心に―和泉  司
コロニアル・モダニティの射程―グローバル・アジアの時代に―波潟  剛
章炳麟と日中アナーキズム運動との関係林  少陽
鄭人沢「清涼里界隈」論―書く主体としての植民地男性知識人―相川 拓也
「帝国」日本のメディアと張赫宙の日本語文学―雑誌『文学案内』を中心に―曺  恩美
坂口●【=衣へんに零】子の台湾「蕃地作品」における女性像と植民地的ノスタルジアの政治性李  文茹
[資料紹介]
「大東亜共栄圏」の終末像―貴司山治「蒙古日記」をめぐって―伊藤  純
併合下の朝鮮映画史『韓国映画側面秘史』を読む―映画製作秘話の貴重な回顧録―長沢 雅治
[自由論文]
「言」から「文」へ―中里介山「高野の義人」の改稿をめぐって―崔  惠秀
文学が描いた「軍人癩」―「兵士」は如何に「癩者」となるのか―西村 峰龍
[研究ノート]
村岡花子―決戦下の実像―秦  重雄
[戦争×文学]
『日中戦争』から『9・11』、そしてこれから―「変容」したもの、継続するもの―橋本あゆみ
日本語の崩落に向き合う―小島信夫「城壁」を読む―楜沢  健
戦争と文学―戦時下の抵抗文学―綾目 広治
[回顧三〇年 創立三〇周年へ向けて] 第三回
むのたけじの講演―二〇〇九年日本社会文学会秋季秋田大会北条 常久
私的な懐古田中 單之
[書評]
増田周子著『1955年「アジア諸国会議」とその周辺―火野葦平インド紀行―』格清久美子
高良留美子著『世紀を超えるいのちの旅 循環し再生する文明へ』柳生じゅん子
浅野麗著『喪の領域―中上健次・作品研究』村上 克尚
[エッセイ]
詩人の思想的軌跡をたどる 高良留美子著『世紀を超えるいのちの旅―循環し再生する文明へ』を中心に河村 義人
*   第四二号 特集 歴史の岐路   (15年8月刊/編集委員長:佐藤泉)
 
[特集 歴史の岐路]
開かれる奈落への道西谷  修
満身創痍の大学と学問の自由の危機石原  俊
国家を超える学問の力を―陳舜臣ノート―笹沼 俊暁
近代を脱する―李箱『倦怠』論―崔  真碩
宮本顕治の〈文学史〉―「「敗北」の文学」論―木村 政樹
虚無よりの創造―戦後作家、大西巨人の出発地点を問う―田代 ゆき
知識人の責務―大西巨人短編集『五里霧』の空所―山口 直孝
新日本文学会神戸支部と朝鮮戦争―詩人・直原弘道とその時代―黒川 伊織
ナショナリズムの語りと新自由主義―排外主義言説と小林よしのり『戦争論』―中谷いずみ
新宿、大久保の記憶と現在―漱石、芥川の街で―土屋  忍
[「フクシマ」から見る日本社会 二〇一四年度秋季大会]
世界文学としての震災後文学木村 朗子
今改めて、3・11を、考える。齋藤  貢
歴史の転換点と文学―東京電力福島第一原発事故が明らかにしたこと―澤  正宏
[自由論文]
明治期における「養子/女」―「こしのみぞれ」に代弁されたアイヌ人女性の「声」―セン・ラージ・ラキ
梅崎春生「つむじ風」における「明治生れ」批判―「太陽族」批判を背景として―高木 伸幸
[回顧三〇年 創立三〇周年へ向けて] 第四回
沖縄・アジア・イラク戦争浦田 義和
私的な回顧―一九九九年岡山大会のことなど―綾目 広治
[書評]
黒川伊織著『帝国に抗する社会運動 第一次日本共産党の思想と運動』佐藤  泉
松澤俊二著『「よむ」ことの近代 和歌・短歌の政治学』田中  綾
近藤華子著『岡本かの子 描かれた女たちの実相』谷口 絹枝
内藤由直著『国民文学のストラテジー プロレタリア文学運動批判の理路と隘路』前田 角藏
*   第四三号 特集 貧困×ジェンダー×戦争 〈時代閉塞〉に立ち向かう言葉   (16年2月刊/編集委員長:岩淵宏子)
 
[巻頭言]
女性の人権と平和岩淵 宏子
[基調講演]
人間の平和はいかにして可能か―「引揚げ」に即して―朴  裕河
[シンポジウム]
「従軍慰安婦」問題と教科書問題―政局化する歴史認識と性差別―小森 陽一
ジェンダーの視点から貧困と戦争を考える―〈性〉の搾取という装置―長谷川啓
「現代の文法」を探るために―二〇一五年の歴史的位相―成田 龍一
[貧困]
言葉に隠れる―私小説論と藤澤晴造『根津権言裏』―平井  玄
現代女性文学における「貧困」の諸相矢澤美佐紀
[ジェンダー]
女性作家のフクシマ―津島佑子「ヤマネコ・ドーム」と金原ひとみ「持たざる者」―根岸 泰子
在日朝鮮人との〈邂逅〉―森崎和江「草のうえの舞踏」にみる活字と映像表現―茶園 梨加
[戦争]
中国山西省における戦時性暴力―〈人倫の謎〉へ問い続ける意義―渡邉千恵子
山代巴「或るとむらい」論―朝鮮戦争と原爆表現の生成―川口 隆行
[自由論文]
「マチ」の声を語る「コトバ」―崎山多美「クジャ奇想曲変奏」論―渕上千香子
[日本社会文学会創立30周年記念特集 回顧三〇年] 第五回
断片的な感想平岡 敏夫
一九八五年から竹内栄美子
[書評]
木村小夜著『太宰治の虚構』岡村 知子
高橋修著『明治の翻訳ディスクール―坪内逍遙・森田思軒・若松賤子』松木  博
成田龍一著『加藤周一を記憶する』後藤 優子
長谷川啓・岡野幸江編『戦争の記憶と女たちの反戦表現』小林美恵子
[声明]
「安全保障関連法案」に反対する
*   第四四号 特集 震災後の文学は可能か   (16年8月刊/編集委員長:亀田博)
 
[巻頭言]
震災後の文学は可能か池澤 夏樹
イーハトヴのテクノロジー―文明・科学・災害―吉村 悠介
札幌市におけるGHQ/SCAP検閲―証言による郵便検閲の事例報告等―田中  綾
震災後の文学批評川村  湊
震災五年目の文学地図金野 文彦
沖縄における天皇の短歌は何を語るのか内野 光子
[詩]
聖なる泥/聖なる火佐川 亜紀
[自由論文]
小川未明の知識人批判―「童話作家宣言」の真意をめぐって―増井 真琴
一九二九年、持続可能な抵抗のために―小林多喜二「蟹工船」論―金ヨンロン
「昭和の楠公父子」になるために―学童集団疎開、七生報国、『先祖の話』―李 承 俊
死者を弔うことば―金石範「鴉の死」論―趙  秀一
分断された「公私」における暴力の構造―山本文緒と絲山秋子の作品をめぐって―泉谷  瞬
[書評]
村上陽子著『出来事の残響――原爆文学と沖縄文学』小林 孝吉
グプタスウィーティ著『平林たい子――社会主義と女性をめぐる表象』小林 明子
奥山文幸著『幻想のモナドロジー――日本近代文学試論』佐野 正俊
竹内栄美子著『中野重治と戦後文化運動――デモクラシーのために』黒川 伊織
*   第四五号 特集 日本とアメリカ   (17年2月刊/編集委員長:島村 輝)
 
[対談]
アメリカにも紙芝居ってある?アーサー・ビナード×小森 陽一
[特集論文]
日系人強制収容所におけるマイノリティとジェンダー―井上ひさしとミツエ・ヤマダ―尾西 康充
語りのポリティクス:林京子の〝路地〟に潜在するアメリカ黄 侃 亮
小田実の〈アメリカ〉―『アメリカ』から『終らない旅』へ―片岡  豊
非国民になる思想―新川明の反復帰・反国家論を読む―松田  潤
新左翼とサルトル/ニューレフトとカミュ―日米の「一九六〇年代」と実存主義―梅﨑  透
[エッセイ]
戦争と開発―干刈あがた『予習時間』をめぐって―渡邊 英理
地上戦を生き延びた硫黄島民―唯一の証言者・須藤章さんのライフヒストリー―石原  俊
ブロッコリーの森とオスプレイパッド―沖縄東村・高江の痛み―村上 陽子
[自由論文]
子規の「写生」と日清戦争―視覚メディアと文画壇の中で―田部 知季
夏目漱石『趣味の遺伝』と日露戦争のリアリティ―「諷語」と「詩想」の間―斉 金 英
松本清張「黒地の絵」と「実話」の変遷―「事実」の「書き方」の試行―吉野 泰平
[特設書評 『社会文学の三〇年 バブル経済 冷戦崩壊 3・11』]
力作ぞろい、であるがゆえの注文平岡 敏夫
〈三十年〉を現在化すること坪井 秀人
[書評]
西田毅著『竹越与三郎』成田 龍一
小林孝吉著『内村鑑三――私は一基督者である』佐藤 裕子
祖父江昭二著『二〇世紀文学としての「プロレタリア文学」――さまざまな経路から』和田  崇
岡野幸江著『平林たい子――交錯する性・階級・民族』村上 克尚
山中千春著『佐藤春夫と大逆事件』梅森 直之

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