日本社会文学会

Association for Japanese Social Literature

機関誌『社会文学』総目次  (第31号~)
  
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*   第三一号 特集〈テクストの中の戦争―環「東シナ海」諸地域からテクストを読み解く―〉   (10年2月刊 )
 
[Ⅰ テクストの中の戦争―環「東シナ海」諸地域からテクストを読み解く―]
徳永直と「満州」―ルポルタージュの罠・文学大衆化論の罠―浦田 義和
韓国蔚山湾地域の植民地経験―鯨との関りをとおして―李 善 愛
重層化された「南方」阮 文 雅
レポート・宮崎の戦後文学―阿万鯱人と黒木淳吉の場合―岡林  稔
長崎原爆を長崎浦上原爆と読みかえる
  ―林京子『長い時間をかけた人間の経験』を軸に―横手 一彦
目取真俊・沖縄戦から照射される〈現在〉―「風音」から「水滴」へ―高口 智史
[Ⅱ 宮崎と文学]
夏目漱石「坊つちやん」―延岡は何故「うらなり」の転勤先なのか―菅  邦男
中村地平と南方文学興梠 英樹
ユートピア運動としての新しき村
  ―知識人による理想的共同体の建設について―西山  拓
宮崎の妖怪セコ・カリコに関する考察前田 博仁
高千穂の少年が見た警察と戦争の記憶―紹介・夭折した熱田猛―秦  重雄
[自由論文]
創作主体と時代状況との接点
  ―雑誌『少年倶樂部』に収録された二編の作品をめぐって―鈴木 敬司
新美南吉『ごんごろ鐘』論―〈近代〉への融合、そして戦争肯定への道―西村英津子
[随想]
一九四九年「蘭眸帖」―多喜二祭の点景と中野重治―神村 和美
[書評]
河田和子著『戦時下の文学と〈日本的なもの〉
            ―横光利一と保田與重郎』長沢 雅春
浦西和彦著『著述と書誌』全四巻秦  重雄
平岡敏夫著『北村透谷 没後百年のメルクマール』
       『北村透谷と国木田独歩』槇林 滉二
中島礼子著『国木田独歩の研究』後藤 康二
小林幸夫著『森鷗外論 現象と精神』金子 幸代
[資料紹介]
横手一彦他著『被占領下の国語教育と文学
          ―プランゲ文庫所蔵資料から』前田 角蔵
*   第三二号 特集〈日露戦争と文学〉   (10年7月刊 )
 
[特集論文]
国木田独歩における「日露戦争と文学」中島 礼子
蘆花徳冨健次郎と日露戦争─消極的主戦論から非戦論へ─吉田 正信
『日露戦争実記』と従軍記者田山花袋そして『肉弾』小林  修
森鷗外の銃後文学─「無名草」(『うた日記』)論─小林 幸夫
〈銃後〉の戦争表象─夏目漱石「趣味の遺伝」─堀井 一摩
日露戦時下における女性作家の登場と戦争物小説
  ─投稿家時代の水野仙子・永代美知代と大塚楠緒子の初期作品─吉川 豊子
さわやかさの底に棲むもの
  ─司馬遼太郎『坂の上の雲』の筆法から─山岸  嵩
日露戦争と東北河西 英通
[特集エッセイ]
日露戦争と肉体破砕のイメージ平岡 敏夫
日露戦争と文学─植民地・樺太の視点から─神谷 忠孝
日露戦争 歴史学の研究動向と教育の現状矢崎  彰
[小特集 秋田─農村と文学]
むのたけじ講演会「人類と農耕」むのたけじ
畠山松治郎が描いた農村─『種蒔く人』と秋田─天雲成津子
反戦川柳作家・鶴彬におけるプロレタリア川柳の形成と展開
  ─映画を通してみる新興川柳運動と東北農村の凶作をめぐって─平  辰彦
鶴田知也と戦後農業問題─酪農・開拓・共同経営・農民文学─小正路淑泰
[自由論文]
朝鮮戦争をめぐる日本とアメリカ占領軍─張赫宙『嗚呼朝鮮』論─張  允麘
[書評]
渡辺みえこ著『語り得ぬもの:村上春樹の女性表現』西田谷 洋
小林孝吉著『文芸評論集:和解と記憶─未来のために』井口 時男
竹内栄美子著『戦後日本、中野重治という良心』佐藤  泉
永岡杜人著『柳美里 〈柳美里〉という物語』
綾目広治著『小川洋子 見えない世界を見つめて』関谷由美子
*   第三三号 特集〈一九五〇年代文学の可能性を探る―一九五五年体制が創り出したもの/隠したもの〉   (11年2月刊 )
 
[座談会]
一九五五年体制が創り出したもの/隠したもの内海愛子・島村輝・成田龍一
[特集論文]
『人民文学』論―「党派的」な「文学雑誌」の意義―鳥羽 耕史
書くことを選ぶ娘たち―佐多稲子『機械のなかの青春』と一九五〇年代―竹内栄美子
野間宏の抵抗と革命―戦後国民文学論の同時代性―内藤 由直
原爆の記憶と文学の責任―大田洋子『屍の街』『人間襤褸』―小林 孝吉
五〇年代における基地と売春渡邉千恵子
「限界状況」の仮構性―武田泰淳「ひかりごけ」における『野火』への批判点―村上 克尚
『新女性』誌に見る戦後分水嶺としての一九五〇年カーティス・アンダーソン・ゲイル
今村昌平『神々の深き欲望』論―作品イメージと安達征一郎をめぐって―柳井 貴士
[エッセイ]
一九五〇年前後のこと(談)大西 巨人
『詩集下丸子』から南部文学集団へ─一九五〇年代のモノローグ─浅田 石二
戦後十年 芸術のアヴァンギャルド池田 龍雄
『希望(エスポワール)』とその時代―原爆を意識的契機として―高良留美子
[コラム]西川祐子/丸川哲史/水溜真由美/
坪井秀人/城殿智行/武内佳代
[自由論文]
ヨーロッパ体験が開示する石川三四郎の人的ネットワーク
  ―ルクリュ家との交流を中心として―杉淵 洋一
芥川龍之介『河童』論―異界への迷走と産児制限、家族制度の壊乱―辻  吉祥
[書評]
高榮蘭著『「戦後」というイデオロギー 歴史/記憶/文化』川村  湊
佐藤公一著『小林秀雄の日本主義―『本居宣長』論』鈴木 美穂
*   第三四号 特集〈詩的言語の可能性〉   (11年6月刊 )
 
現代詩の言語的達成とその価値―内部と外部の分析と統合―中村不二夫
回想、戦後詩運動とその社会性西  杉夫
[特集論文]
短歌や俳句の教材としての可能性について―国語教育の視点から―佐野 正俊
『ぎんのすず』を飾った詩人たち伊藤眞理子
日韓女性詩の新展開佐川 亜紀
短歌という器の可能性―〈私〉性、伝統詩言説を逆手にとり―田中  綾
大友克洋「AKIRA」論―マンガにおける「リアリティの断層」をめぐって―設楽  大
[掌論]麻生直子/腰原哲朗/茶園梨加
[エッセイ]
我が創作詩による社会状況の表示布野 栄一
報告、ネパール詩人マンジュール来日―真剣に詩を生きる―福田 美鈴
そこにある言葉丁 海 玉
書物の鬼―紙の文化―内堀  弘
[創作]
ガイトウ/そんなときは口笛を吹けイルボン
ゴータマ・ブッダ/一つになったネパールヘム・ラジ・パハリ 向井千代子・訳
[大会講演報告]
肯定形としての〈原爆〉―占領期のいくつかの言説―河西 英通
[論文]
原民喜「夏の花」論―ジェノサイドの記憶と表象のドラマ―髙口 智史
[自由論文]
平林たい子『非幹部派の日記』―女性社会運動家の成長―グプタ スウィーティ
安部公房の国民文学論―その可能性と限界―坂 堅太
[書評]
李清俊著/文春琴訳『隠れた指 虫物語』山岸 嵩
橋本のぞみ著『樋口一葉 初期小説の展開』小林 裕子
東谷篤著『未完の近代を旅した詩人 伊藤信吉論』神村 和美
*   第三五号 特集〈種蒔く人』と秋田〉・小特集〈『青鞜』創刊100年〉   (12年2月刊 )
 
[巻頭言]
「種蒔く人」創刊九〇周年に寄せて北条 常久
[「種蒔く人」創刊九〇周年の集い 記念講演]
現代史の中の『種蒔く人』小森 陽一
[特集論文]
小牧近江『種蒔く人』への道程
  ―大逆事件、社会主義同盟の関係からの考察―大和田 茂
小牧近江書簡資料の実際高橋 秀晴
『種蒔く人』創刊九〇周年に寄せて
  ―金子洋文研究と今野賢三初期著作目録稿―須田 久美
『種蒔く人』同人金子洋文と白樺派―金子洋文資料から―天雲成津子
ダンスでもしてろよ!―津田光造と〈文芸の職業化〉という問題圏―佐々木基成
[小特集・『青鞜』創刊一〇〇年]
「青鞜」と「女子文壇」―「新しい女」・発禁問題―金子 幸代
『青鞜』の岡本かの子―管理される性からの逸脱とその回帰―阿木津 英
[東日本大震災関係エッセイ]
事故後福島を訪れて矢ヶ﨑克馬
大震災校長日誌渡辺 善雄
[自由論文]
芥川龍之介「母」論―人力に及ばないもの―関口 安義
「厭がらせの年齢」論―〈老い〉をめぐるジェンダーの偏差―佐々木亜紀子
李箱に親和する尹東柱の〈倦怠〉とその可能性
  ―真正なる民族性とアンガージュマンを巡って―姜  信和
広津和郎における「性格破産者」の問題―「風雨強かるべし」を中心に―柳井 宏夫
[書評]
槇林滉二著『日本近代文学の内景―様々なる断層』(槇林滉二著作集第四巻)永渕 朋枝
山口直孝著『「私」を語る小説の誕生 近松秋江・志賀直哉の出発期』伊藤  博
金子幸代著『鷗外と近代劇』藤木 直実
[声明文]
脱原子力、自然エネルギーの利用による発電の促進への転換を訴える
*   第三六号 特集〈一九六〇年代文化・文学の再検討〉〈〈3・11〉以後の社会と文学―文明史的転換に立って〉   (12年8月刊 )
 
[第一特集 一九六〇年代文化・文学の再検討]
「私語り」から自己表象へ― 一九六〇年代の女性文学―水田 宗子
「戦後」の折り返しの文学
  ― 一九五〇―六〇年代の文学を読みなおすために―成田 龍一
焼跡の儀式―〈クロハタ〉と一九六〇年代文化の下層―黒ダライ児
〈幸福な結婚〉の時代
  ―三島由紀夫『お嬢さん』『肉体の学校』と一九六〇年代前半の女性読者―武内 佳代
三島由紀夫・昭和三十年代エンターテイメント系小説群における語りの問題杉山 欣也
[第二特集 〈3・11〉以後の社会と文学――文明史的転換点に立って]
3・11以後の「ホラー国家」高橋 敏夫
「3・11」以後の文学の希望―フクシマからヒロシマ・ナガサキへ―小林 孝吉
大量死と文学表現―近・現代の人災と「3・11」―浦田 義和
「三・一一」震災と歴史・社会・文学河西 英通
〈3・11以後〉と文学の課題―生命に向き合う女性たちの想像力―岡野 幸江
[自由論文]
久志芙沙子「滅びゆく琉球女の手記」に見る自称の考察銘苅 純一
万国の〈アパッチ族〉団結せよ
  ―開高健「日本三文オペラ」を読む―峯村 康広
[書評]
平岡敏夫著『佐幕派の文学史 福沢諭吉から夏目漱石まで』東谷  篤
小澤勝美著『透谷・漱石と近代日本文学』田中  実
尾西康充著『『或る女』とアメリカ体験―有島武郎の理惣と叛逆―』杉淵 洋一
*   第三七号 特集〈転向点・1933―文学・歴史・社会の観点から〉・小特集〈「3・11」以後の社会と文学―文明史的転換に立って〉   (13年2月刊 )
 
[特集 転向点・1933―文学・歴史・社会の観点から]
〈反戦〉と〈抗日〉の運動の昂揚―作家同盟と丁玲の試み―尾西 康充
宗主国文芸の転回―朴魯植と日韓俳句人脈―中根 隆行
メキシコシティから望むフラチャニの丘
  ―アリス・リューレ=ゲアステル『本組み/急変、あるいはハンナと自由あるプラハ小説』について―田丸 理砂
一九三三年の児童文学・覚書―「集団主義童話」をめぐって―宮川 健郎
スローガンとプロレタリア川柳―鶴彬と川柳の一九三〇年代―楜沢  健
一九三三年の位相―百合子作品にみるプロレタリア文学運動と〈大衆〉―神村 和美
一九三〇~三三年の住谷悦治日記―ある知識人の精神の断面―本庄  豊
日本浪漫派の倫理―亀井勝一郎とシェストフ的不安―梶尾 文武
[エッセイ]
プロレタリア文学運動の崩壊―貴司山治日記とその周辺から―伊藤  純
一九三三年前夜―映画『百合子、ダスヴィダーニヤ』の現場から―山﨑 邦紀
一九三三年の宮澤賢治城戸 朱理
[小特集 「3・11」以後の社会と文学――文明史的転換点に立って]
あやまちは何度もくりかえすからあやまちなのだ川村  湊
被害と加害を架橋する―小田実『HIROSHIMA』の想像力―川口 隆行
〈反詩〉の果て?―原発震災下で黒田喜夫を読み直す―鵜飼  哲
事態に向き合うために中谷いずみ
[自由論文]
湯浅克衛「先駆移民」論―満州開拓イデオロギーの挫折―安  志那
森崎和江作品にみる聞き書きと詩―「まっくら」と「狐」の関連から―茶園 梨加
大西巨人『神聖喜劇』における「無責任の体系」批判の射程
  ―丸山眞男との比較から―橋本あゆみ
大江健三郎『水死』論―漱石『こころ』の受容をめぐって―鈴木 恵美
[書評]
高橋修著『主題としての〈終り〉―文学の構想力』山口 直孝
岡村知子著『太宰治の表現と思想』西山 一樹
山本昭宏著『核エネルギー言説の戦後史1945―1960
  ―「被曝の記憶」と「原子力の夢」』村上 陽子
小森陽一編著『3・11を生きのびる―憲法が息づく日本へ』
  『泥沼はどこだ―言葉を疑い、言葉でたたかう』
  『沖縄とヤマト―「縁の糸」をつなぎ直すために』小山 国治
*   第三八号 特集〈大量死に立ち向かう〉   (13年7月刊/編集委員長:浦田義和)
 
[特集 大量死に立ち向かう]
安全神話長谷川 照
民族運動(反核廃棄物運動)と文学の創作シャマン・ラポガン/下村作次郎 訳
〈きゃあくされ〉の思考
  ―石牟礼道子『苦海浄土 第三部 天の魚』に関する覚書―浅野 麗
被ばく後を生きる―長崎浦上・死の谷の記録など―横手 一彦
『希望(振仮名:エスポワール)』創刊者・河本英三の原爆小説を読む
  ―「青空は死んでしまつた」―高良留美子
[詩]
オスプレイオスプレイ(焼き鳥焼き鳥)沖野 裕美
[研究エッセイ]
徳永直「日本人サトウ」顕彰史
  ―三・一一以降、大量死に抗して、九州・東京・登米を結ぶ―金野 文彦
[自由論文]
温存される〈浦上燔祭説〉―原爆死の意味づけと戦後天皇制をめぐって―篠崎美生子
張赫宙の戦後の出発―在日朝鮮人民族団体との関わりを中心に―梁  姫淑
〈まいおちるビラ〉と〈腐るビラ〉
  ―朝鮮戦争勃発直後の反戦平和運動と峠三吉・井上光晴―黒川 伊織
せめぎあう語りの場―林京子「祭りの場」論―村上 陽子
[書評]
田中実・須貝千里編『文学が教育にできること―「読むこと」の秘鑰』岩見 照代
秦重雄著『挑発ある文化史―誤読され続ける部落/ハンセン病文芸』小正路淑泰
大和田茂著『社会運動と文芸雑誌―『種蒔く人』時代のメディア戦略』高橋 秀晴
小林明子著『島崎藤村 抵抗と容認の構造』永渕 朋枝
田村景子著『三島由紀夫と能楽―『近代能楽集』、または堕地獄者のパラダイス』杉山 欣也
里村欣三顕彰会編『里村欣三の眼差し』須田 久美
[声明文]
憲法96条の発議要件緩和に反対する声明
*   第三九号 特集〈関東大震災90年とアナキズム文学〉   (14年2月刊/編集委員長:大和田茂)
 
[特集]
「新しいアナキズム」と3・11後の民衆運動木下ちがや
大杉栄の残したもの梅森 直之
都市崩壊への眼差し―アナキズム詩をめぐって―高橋 修
犀星文学における「浅草」表象の変遷―室生犀星の関東大震災前後―能地 克宜
●論―アヴァンギャルドの考古学―野本 聡
絆と奸計―今日から見た関東大震災文学―鈴木 斌
「知の支配」に対する反逆としての、金子文子自伝飯島 勤
震災文学としての放浪記―林芙美子は検閲当局といかに闘ったのか―廣畑 研二
震災と戦争―越中谷利一「一兵卒の震災手記」をめぐって―アレックス・ベイツ/内藤 由直 訳
[報告]
暴走する時代を考える―アナキズムの90年前と現在―李 修京
[自由論文]
村山知義『暴力団記』の歴史的意義―搾取の構造とプロレタリアートの形象―鴨川 郁美
「包摂」と「排除」の満州移民―打木村治『光をつくる人々』論―安 志那
「記憶」と「記録」の再編成をめぐって―金史良作「駑馬万里」と「胡蝶」を中心に―郭 炯徳
喋る傷口―大城立裕「カクテル・パーティー」論―銘苅 純一
語りの位相変化―「カクテル・パーティー」をめぐる沈黙の問題―柳井 貴士
[回顧三〇年 創立三〇周年へ向けて] 第一回
日本社会文学会と私山田 博光
創立大会と初期地方大会の思い出中村 青史
[書評]
鄭玹汀著『天皇制国家と女性―日本キリスト教史における木下尚江』石坂 浩一
関谷由美子著『〈磁場の漱石〉時計はいつも狂っている』前田 角藏
鬼頭七美著『「家庭小説」と読者たち ジャンル形成・メディア・ジェンダー』橋本のぞみ
西田谷洋著『新美南吉童話の読み方』宮川 健郎
中谷いずみ著『その「民衆」とは誰なのか ジェンダー・階級・アイデンティティ』波潟 剛
[声明]
特定秘密保護法に反対する声明
*   第四〇号 特集〈沖縄〉   (14年7月刊/編集委員長:川村湊)
 
[特集・沖縄]
沖縄の体験と表現をめぐって―仲程昌徳氏インタビュー―聞き手 川村湊、成田龍一、村上陽子、守屋貴嗣、(我部聖)
沖縄の死者とともに―大城貞俊氏インタビュー―聞き手 川村湊、成田龍一、村上陽子、守屋貴嗣
沖縄を考える鹿野 政直
山城正忠「九年母」論―「遊女」表象の意味するもの―浦田 義和
死者の記憶、記憶の死者―崎山多美「見えないマチからションカネーが」―渡邊 英理
二十一世紀沖縄怪談と本土〔フリガナ:ヤマト〕の表現者たち谷口 基
[特集・沖縄 書評]
『目取真俊短篇小説集』全三巻村上 陽子
細川周平著『日系ブラジル移民文学 日本語の長い旅』守屋 貴嗣
[自由論文]
アメリカニズムとナショナリズム―安部公房の大衆社会認識―坂 堅太
戦後テクストの方法論的可能性―太宰治『女神』を中心に―金ヨンロン
[書評]
土屋忍著『南洋文学の生成 訪れることと想うこと』川村 湊
論潮編集部『論潮 六号―特集 金時鐘』中谷 いずみ
内野光子著『天皇の短歌は何を語るのか―現代短歌と天皇制―』藤木 直実
[回顧三〇年 創立三〇周年へ向けて] 第二回
私たちはいったい誰か―どこから来て、どこにいこうとしているのか―杉野 要吉
日本社会文学会の私的記憶―愛を込めて長谷川 啓

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